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このブログについて

みなさん、こんにちは。ゆわぐいと申します。 このブログは、半ば自分の日記代わりではあるのですが、僕の日常を通して、ウィーンに住んでいるとこんな感じになるってのをお知らせすることを目的としています。 ゆわぐいは2003年から3年間と2011年から現在に至るまで2回のウィーン生活を送っています。ゆわぐいは生産性の低い仕事にかまけて遊ぶのが下手という典型的な日本人サラリーマンですので、大した記事はないとは思いますが、ガイドブックに載っていないようなウィーンの田舎生活が何となく伝われば幸いです。 作者のモティべーション維持のため、ご挨拶がわりに是非コメントをお願いいたします。 ではでは。





2006年1月29日日曜日

モーツァルト・ウォーク(その2)

 さて、昨日の続き。



Pict0028_2  ミヒャエル教会を出発し、コールマルクト(Kohlmarkt)を通ってグラーベン(Graben)に出る。遠くにちょっとグロテスクなペスト記念柱(Pestsäule)が見える。



 



Pict0034Pict0033_2   ここからアム・ホーフ(Am hof)に。モーツアルトは人生の約3分の1を旅で費やしたらしく、ウィーンに6歳の時に初めて来た時、ここのアム・ホーフ教会(Kirche Am hof)で演奏をしたんだそうな。その時に転んでしまい、助けてくれたのが当時7歳のマリー・アントワネット。その時に「将来結婚しよう」とプロポーズしたというのは有名な逸話らしい。僕は聞いたことがあるようなないようなって感じでしたが。



Pict0036  次はユーデン広場(Judenplatz)。ユーデン広場の周辺はモーツアルトが昔住んでいたというアパートがいくつかあるのだが、僕的にはあまり萌えない。ただここは名前のとおりユダヤ人広場で、第2次大戦中に殺された6万数千名の在オーストリアユダヤ人の慰霊の建物があり、当時オーストリアはナチスドイツに自ら進んで併合されたという忘れてはならない事実が浮き彫りになる。モーツァルトとの関係は無関係という関係しかないんですけどね。



Pict0040_1Pict0044   お次はペーター教会(Peterkirche)。実はここがモーツァルトにどう関係するのかは聞き漏らした。まあなんか関係するんでしょ。中ではミサが行われており、荘厳な雰囲気。





Pict0046Pict0047_2   そんでおなじみ、シュテファン寺院(Stephandom)。でもこのブログでは初登場。写真らしい写真を撮ったのも初めて。やっぱこのブログ、「ウィーンに住むとこんな感じ」ではなく、「ウィーンの田舎に住むとこんな感じ」に名前を変えた方がいいかも。なんともはや、バロックですねー。



Pict0049Pict0051   さてこのシュテファン寺院、モーツァルトはコンスタンツェと結婚式をここで挙げ、あと自信のお葬式もここで行ったというかなり密接な関係があります。シュテファン寺院の裏側にはモーツァルトが死んだことを示すパネルが設置されています(十字架の下のパネル)。パネルの手前には地下に通じると覚しき謎の階段が。地下のカタコンペにでも通じるのでしょうか?なんかおどろおどろしく、禍々しい雰囲気が漂ってきます。ここを降りていくと2度と地上に戻って来れない気がする。ちなみに、この下にはモーツァルトの遺体はないはずです(まあかなり謎の多い死でしたし、埋葬の仕方も異常らしかったらしいので、真相はわかりませんが)。



Pict0054  さて、ツアーもほとんど終わり。目抜き通りの一つであるケルントナー通り(Kärntner Strasse)沿いにシュテッフル(Steffl)という大きなデパートがありますが、実は昔ここがモーツァルト最後の住居で、ここで魔笛やレクイエムを書いたとのこと。デパートの7階にカフェなどと並んでモーツァルト関係の展示スペースがあります(なお写真はケルントナーからではなく裏道からのもの)。



Pict0058  最後に、シュテッフルの裏口から出て右手、Himmelpfortgasse沿いにあるCafe Frauenhuber。ここは昔は社交場のような所で、モーツァルトが公式の場で最後にピアノの演奏を行った場所。





 これでウォークツアーはおしまい。2時間半を氷点下5℃前後のところで過ごすというのはなかなか寒いだけでなく、体力も消耗するもの。疲れました。でも、普段街中にはあまり縁のない生活なので、貴重な機会でした。



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